El Mundo

世界89カ国に訪れた備忘録。

【野球】 カープに泣いた夜。

カープが優勝しました。

2016年9月10日(土)

 

◆はじめに

 

普段、このブログでは旅の記録を紹介している。

プライベート、というか日本でのことは殆どノータッチだった。

 

だけど、今日だけは野球のことについて話したいと思う。

カープが25年ぶりに優勝したのだ。

 

カープと歩んだ人生

 

僕は24歳。つまり生まれた時からカープの優勝を知らない。

応援している球団は、カープオリックス。東京生まれ東京育ちの僕、よく「なんで?」「マニアックだな」と言われ続けてきた。

 

優勝を知らない人生。セなら読売や中日、パなら日ハムやホークスなどは強くて、テレビで何度も日本シリーズを見てきた。

 

「来年もBクラスだろうな」、と中学・高校の時は思い続けていたほどだ。

だけど、僕は球場に通い続けた。東京ドームは指定席で中々取れないし、ハマスタは最近指定になったから行けていない。でも神宮だけは必ず行くようにしていた。

 

中学・高校の時は遠征も良くした。「なんでこんなお金かけるんだろ」と思ったことがあるけど、全ては優勝を願うためであった。

 

最近、カープファンが増えた。どういう理由では知らない。2010年ぐらいには平日の神宮なんか余裕で取れていたのに、最近ではチケットが完売するほど。

それだけ世間に知られるようになったし、「カープファン」と言っても何も思われなくなった。時代が変わったのだ。

 

それはカープも変わっている。数年前と野球が全然違う。まとまりがある、というかバランスが良い。俺が知ってるカープじゃない。なんだか変な気分であった。

 

ピーコの時は、中継ぎ崩壊。市民ガラガラ。

マーティの時は2番石原や新井の後釜・シーボルとか。「あと少し」というところだったけど、決め手がなかった。

 

ノムケン初年度かな。マリンで延長で無死1,2塁(確か)。バッターは迎。

「ここはバントだろ」と思っていたら、代打フィオ。

「強行策か・・・」と思ってたら、まさかのフィオにバント。そして失敗。

その瞬間、「俺が生きてる間に優勝できるのかな」と思っていた。

抑えが上野、中継ぎエースが岸本や大島という時代。「DH・今村」もあったな。

 

それがノムケンが成長して、CS進出しちゃって。でも優勝まではまだ遠かった。

 

◆優勝の瞬間

 

東京ドーム、チケットは取れない。だからNHKを見続けた。

相手は読売、先発は黒田。優勝への道は整ったのだ。そして今年を象徴する逆転ゲーム。

 

僕は9回、片岡から1ストライクを取った時から目がうるんでいた。

そして最後亀井をショートゴロに打ち取った瞬間、溜まっていたものが爆発した。

新井と黒田が抱き合った瞬間、ここでまた爆発した。

 

Bクラスが長かった時代を知っているからこそ、「優勝できないかも」と思っていたからこそ。こみあげるものは大きかった。

 

歓喜の胴上げ。欲を言えば、その場に居たかったけど、仕方がない。

緒方のインタビューで笑顔になったけど、風呂場で思い返してまた泣いてしまった。

 

このブログを書いてる瞬間にも泣きそうになる。

次泣くのは、10月。日本一になった瞬間だ。何としてでもチケットを取り、応援に行きたい。ファンとビールかけしたいし、喜びを分かち合いたい。

 

それ行けカープの4番。現実となった。

 

晴れの暁 旨酒をくみかわそう

栄冠手にする その日は近いぞ

優勝かけて 優勝かけて たくましく 強く躍れ

カープ カープ カープ 広島 広島カープ