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El Mundo

世界88カ国に訪れた備忘録。

【セネガル】世界遺産「ゴレ島」に上陸する。

セネガルの世界遺産「ゴレ島」に行ってきました。

2016年3月 1CFA=約0.2円

 
◆はじめに
 
 
ダカールの観光名所「ゴレ島」。セネガルの世界遺産として知られ、多くの観光客が訪れる。
と同時に、ここは昔奴隷貿易の拠点として栄えていた。
そんな「負の世界遺産」ともいえるゴレ島に上陸した。
 
◆アクセス

 

ゴレ島へのアクセスはとても簡単だ。ダカールのプラトー地区からフェリーに乗ればよい。
乗り場はダカール駅の近くの港。独立広場からだと徒歩5分ほどだ。
 
地図:

 
港は柵に囲まれているけど、どこかしらのドアから中に入れる。
 

そしてゴレ島に行くフェリー乗り場では、入り口でパスポート or IDの提示をしなければならない。
僕は原本を持っていったけど、同じ宿の人はパスポートコピーでも大丈夫だった、ということで、コピーは必ず持参しよう。
 
 
中に入ると、奥にチケット売り場がある。
【セネガル在住】大人:1,500CFA(約300円) 子ども:500CFA(約100円)
【アフリカ在住】大人:2,700CFA(約540円) 子ども:1,700CFA(約340円)
【その他地域】大人:5,200CFA(約1,040円) 子ども:2,700CFA(約540円)
 
 
大抵の人は外国人価格を請求される。こればっかりは仕方がない。
チケットを購入したら、そのまま中の待合室へと入る。
待合室に入る前に、チケットチェック&手荷物検査がある。チケットは帰りはチェックされないけど、何かあった時のために必ず持参しておこう。
 
船の時刻は以下の写真の通り。
 
 
見にくいかもしれないので、下に時刻を記載しておく(2016年3月16日現在)。
【月~土】
ダカール発:06:15, 07:30, 10:00, 11:00, 12:30, 14:30, 16:00, 17:00(土曜運休), 18:30, 20:00, 22:30, 23:30(土曜のみ), 24:45(土曜のみ)
ゴレ島発:06:45, 08:00, 10:30, 12:00, 14:00, 15:00, 16:30, 18:00(土曜運休), 19:00, 20:30, 23:00, 24:00(土曜のみ), 25:15(土曜のみ)
 
【日祝】
ダカール発:07:00, 09:00, 10:00, 12:00, 14:00, 16:00, 17:00, 18:30, 19:30, 20:30, 22:30, 23:30(日曜と祝日前夜のみ)
ゴレ島発:07:30, 09:30, 10:30, 12:30, 14:30, 16:30, 17:30, 19:00, 20:00, 21:00, 23:00, 24:00(日曜と祝日前夜のみ)
 
 
だいたい1時間に1本ペースで運航しているので、もし乗り遅れたとしても大きく待つ必要はない。
待合室にはトイレやカフェもある。時間になると人が集まりだすので、それが合図だと思おう。案内などは一切ない。
 
 
フェリーは観光用フェリーみたいな形をしており、1階と2階の座席に分かれている。基本的には座れるけど、往路は立ち客もいたので、念のため早めに乗船することをオススメしたい。
 
 
進行方向右側に座ると、ゴレ島に近づいてくる景色を見ることができるので、右側に座ろう。左右海側に座ると、太陽から守るものがないので、日焼けを気にする人は帽子や長袖なので防具しておこう。
 
 
船は30分ほどでゴレ島に到着する。
 

海は風があり、波もそこまでない。船酔いする僕でも何も問題はなかったので、気にする必要はないかと。もし船酔いが酷い人がいるならば、事前に薬を飲んでおくのが安心かもしれない。
 
◆ゴレ島上陸
 
 
ゴレ島に降り立つ。早速観光しよう、と思う前にゴレ島では「入島料」を払わないといけない。
 

場所は桟橋を出て、左手。青い服を来たガイドが指示してくれる。料金は500CFA(約100円)。最初気づかなくてそのまま歩いていきそうになったけど、ガイドが呼び止めてくれた。
 
 
 
また桟橋を降りると、"自称"ガイドや物売りが「アミーゴ」や「マイフレンド」と言って声をかけてくるけど、必要ないなら無視、もしくは「大丈夫です」と言って断ってもいい。
そこまでしつこくはないけど、一度じゃ引き下がってくれない。二三度言えば、撤退してくれる。エチオピアに比べたら1億倍ぐらい楽。
 
 
ゴレ島は小さい。1時間あれば町中を全部周れてしまうぐらい。博物館やお土産を買う、レストランで食事をするとなれば話は別だけど、街中を見るだけならそこまで時間は必要としない。
 
 
ゴレ島に着いて驚いたのが、海が青く綺麗だということだ。
ダカールから少し離れるだけでこんなに違うものかと。とはいえ、ゴミは散乱しているり、生活用水垂れ流しなので、めちゃくちゃ綺麗というわけではないけど。
 
 
ゴレ島に住む人もいるけど、殆どが観光に従事している人たち。
お土産屋も多い。商品はどこも同じようなものを並べ、値段も同じような価格設定。なので気に入った店でまとめ買いをし、割引してもらうのが一番いいだろう。
僕は興味なかったので、値段などは聞かなかった。けど、2つの玉のマラカスは1,000CFA(約200円)で購入できるので、記念にいいかもしれない。
 
 
ゴレ島は17世紀から19世紀に至るまで、長い間大西洋奴隷交易の重要な拠点のひとつとして機能していた。
しかし、島を回る限り、その面影は一つもない。もちろん博物館に入れば嫌でも分かるのだが、町を歩くだけなら「本当にそうだったのか」と感じるほど、穏やかである。
 
 
ここがセネガルや他国の内陸部から集められた奴隷の集荷・発送の基地だったのだ。
ゴレ島は16世紀末、オランダが要塞を作り、「良い波止場」を意味するゴエーデ・レーデと名付けて、これが後に「ゴレ」と呼ばれるようになった。
てっきり、僕は最初フランスが支配していたかと思っていたのだが、ゴレ島の最初はオランダだったのである。
 
 
1677年にフランスがオランダから奪取すると、沿岸部で買い取った奴隷を収容し、フランスなど欧州諸国から島に立ち寄る奴隷交易船に出荷する拠点となった。
毎年数百人、多いときには1,000人を超す奴隷が一時的に収容されたと言われている。
 
 
ゴレ島に駐在、居住するフランス人と現地人商人の数は18世紀初めの時点で常時1,000人を超すほどになっていた。
島のキャパを考えると、かなり過密状態であった考えられる。でもそれだけ重要な拠点であったのだ。
 
 
過密状態なゴレ島、資源など出るわけがない。島に湧き出る水だけでは足りず、大陸側から樽詰の水が運ばれた。また大陸側から現地人が小舟に乗って、米、雑穀、魚、肉、玉ねぎなどの食料を運び、欧州からの船がもたらす布地、鉄、武器、酒、ガラス玉などと交換。
 

ゴレ島には市場が形成され、労働力としての現地人も数多く出入り。フランス人との接触の中でキリスト教化した現地人は「グルメ」、または「グルメット」とよばれ、交易の仲介者・通訳など一定の役を果たした。
 

フランス人男性と現地人女性との間にできた混血女性はシニャールとよばれ、欧州人との接触を通じて裕福になり、多くの奴隷を擁して豪勢な生活を送るものもいた。
最初は美しさから娼婦としていたけど、どんどん経済力を増し商業経営者になった。そして自ら奴隷を擁する。
 

ちなみに「奴隷の館」はシニャールのもので、奴隷が収容されていたわけではなかった。
 
 
よく「奴隷交易」と聞くと連想するのが「白人が黒人を支配していた」ということであるが、これは正しくもあり、間違いでもある。
白人はもちろん黒人を支配していたことに変わりはないのだが、実際は白人がマネジメント、そして白人の下、若しくは同等の黒人が黒人を支配していたということである。
 

なので同じ民族同士で支配する、支配されるという関係性にあったのだ。
これを聞いて「かわいそう」などという感情は一切なくなり、「あ、昔から格差社会だったのか」と納得してしまったほどである。
 
 
今でもアフリカ系黒人は人をバカにする。特に「チャイナ」などと言い、アジア系の人を軽蔑する傾向もある。
皮肉な話で「歴史は繰り返される」のだ。昔支配されていたことは関係ない、上下関係というのは必ず存在するのだ。
こういうことを思うと、「奴隷=かわいそう」という感情は沸かなくなってしまう。もちろん、人をモノのように扱ったことは肯定できることではない。
 
 
なので、僕は奴隷に関する資料館や建物に入ることはなかった。
島を歩いていてもたまに「サンフラン・・・」と蚊が鳴くような声で、物乞いをしてくる子どもがいる。ダカールでもよく見かけるのだが、決してお金をあげるようなことはしなかった。
この国の教育や福祉制度などが変わらない限り、彼らの生活に変化はないだろう。
「チャイナ」と「ジャパン」、区別できるようになる時代は来るのだろうか。難しいだろうな。
 
 
そんな感情を抱きながら、僕はゴレ島を歩いた。
普段ダカールを歩いているからか、車やバイクがいない世界、クラクションがない世界に少しの感動を覚えていた。
町は砂が多いのだけれど、車がいない分、とても歩きやすい。砂が気になる人やサンダルではなく、スニーカーとかで来ると歩きやすいだろう。
 
 
遠くにはプラトー地区が見える。プラトーからもゴレ島が見える。
 
 
ヤシの木、そこには洗濯物が干されている。一歩中に入ればガイドなどもいないローカルな雰囲気だ。
 
 
 
ゴレ島には花が咲いている。生憎、花の名前が分からないのだが、路地とマッチしており、心を豊かにさせてくれる。
 
 
ゴレ島には丘がある。「Castle」という名前で通っており、ここから眺めるゴレ島は美しい。
 
 
通りにはお土産やがずらーっと並んで、「マイフレンド」「ボンジュール」「サバ」など声をかけてきてくれる。
ここでは中国人よりも「こんにちは」や「ジャポン」と言ってくれるので、気分的には良い。
 
 
上からゴレ島を眺める。こう見ると西アフリカにいるとは思えないほど、赤茶色の屋根が素敵だ。
フランス・コートダジュールのどこかの村にいるような感覚。いつまでもこの場所で景色を眺めていたい、と思うほど美しかった。
 
 
再び下に戻り、ゴレ島内を散策する。
 
 
そういえば、西アフリカで観光地と呼ばれるような場所にはあまり行っていないことを思い出した。
ラックローズぐらいだろうか、他は特に興味なかったので行かなかった。
 

「マイフレンド」と言ってくる輩も、他の西アフリカ諸国で出会うことはなかった。セネガルだけだ。
それだけ観光客が多いのだろう。フランスやスペインからだと飛行機ですぐ、日本人がグアムやサイパン、台湾などに行く感覚である。
 
 
2時間半滞在したゴレ島、なかなか良かった観光地であった。
 
◆おわりに
 
 
ゴレ島を観光した。アクセスはフェリーで簡単。パスポート又はパスポートコピーを忘れないようにしよう。
島の中は小さい、ただ砂や石で足場が悪かったりするので、靴で行くと歩きやすいかもしれない。
また日陰もそこら中にあるわけではないので、日焼けが気になる人は日差しがキツいので、必ず防止をしておこう。